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妄想族のWakWakレポート

脳内で湧く『妄想』を好き勝手書き散らします。

これ、いいわ〜。TVゲームMOTHER3発売記念トーク。糸井重里さん×伊集院光さん。を聴いて思うMOTHER2大好きな私のゲーム論を少し。


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MOTHERシリーズ。

糸井重里さん。

伊集院光さん。

の内、2つ以上好きな人は是非聴いてみてください。



※最初の3分位無音が続きますがその後対談スタートします。



これはシリーズ3作目の発売記念対談なのですが、


お二人の配慮で3の内容のネタバレは一切無く(有難いです)、シリーズに息づく

「何か」について、色々な方向からのアプローチという名の雑談が繰り広げられます。

好きな方にはたまならいと思います。



そもそもMOTHERシリーズとは

糸井重里氏がゲームデザインを務める人気RPGです。

このゲームがほんとうに名作なんです。
 


このCMは一定年齢の方であればご覧になったことあると思います。

木村拓哉さん出演
大人も子供もおねーさんも。

懐かしいなぁ。







とここで終わっても良かったのですが少し派生して。


個人的なゲームの分け方として、


最近(といってもTVゲームはとんとご無沙汰なのですが)のビジュアライズされているハイスペックの(ファイナルファンタジーシリーズに代表される)ゲームは、
「映画型ゲーム」


対してMOTHER、特に2は、
「演劇(舞台)型ゲーム」


と呼んでみようと思います。



FF(ファイナルファンタジー)7発売当時(1997年)のインタビューでプロデューサーの坂口博信氏は、


「FFシリーズは今後映画化(の様なゲームに)していきたい」

との考えを話していたことを記憶しています。



そもそも「映画」とは、監督が最良と考える世界観とカット割、ストーリーをパッケージして、これを楽しんでくださいと、観客に出している作品といえると思います。

例えば、宇宙空間で敵ロボットと戦闘するシーンでは、スクリーンに映し出される世界観の中で、こういう風に主人公の動きを観てくださいとね、と、カット割が決まっています。



対して「演劇」は、
監督(演出家)が舞台上でお芝居を役者に演じさせて物語を届けるものですが、観客の想像力を加えて「脳内で完成する作品」なのだと思います。

同様に宇宙空間で敵ロボットと戦闘するシーンでは、舞台装置はあれど、木で作られた舞台に、あくまで人間同士が役に扮して闘います。
ですが観客の「脳内スクリーン」では、その舞台は無酸素の無重力の空間になり、またその時にどこ(誰)を観るかも観客次第です。


「脳内スクリーン」という意味で、もう一つ例を挙げると、落語の扇子の様なものかと思います。

あの扇子、噺家が敵を斬る噺をするときは、扇子を刀の柄の様に構えて、えいや!と振り下ろせば、
何も無いハズの扇子の先に、刀の刃が「脳内スクリーン」に現れます。

あれと同じことだと思います。



つまり、「映画型ゲーム」とは、プレイヤーは、ゲームが表現する世界観をそのまま楽しむことに重点においたもので、


「演劇(舞台)型ゲーム」とは、「脳内スクリーン」をもって完成する余白のあるようなゲーム。


と、こんな風に分けてみることもできるのかなと思います。



これはどちらが良いかという話では無くそれぞれの良さがあって、
好みの問題です。


私の様な日常が妄想に侵食されて生きている人間にとっては、

後者の様な妄想が入る余地のある遊びの方が、自分なりの楽しみ方があって良いのです。



こう書くとMOTHER2というゲームは遊ぶ人を限定する様なゲームに聞こえますが、、

万人受けするつくりになっていますので、もし未体験の方は、

機会があればやってみてください。




ちなみに当方、MOTHERの大ファンですが、

1、2はクリアしていますが、

3は未だなんです。


タイミングが無くてやっていないんです。

死ぬまでにやっておきたいゲームです。

やるまで一切3の情報は取らず、ただ楽しもうと思っています。





おまけ。

と、3まだなのに

今冬ついに4が!

MOTHER4

こっちも、すごくやりたい。