妄想族のWakWakレポート

脳内で湧く『妄想』を好き勝手書き散らします。

打席に立つこと。漫然と立たないこと。

これまたほぼ日、糸井さんの今日のダーリンより。


打席に立つこと。
漫然と立たないこと。


以下、引用です。


・最初から、これは向いてるなんてこと、なかなかないんですよね。やってるうちに、だんだんとね、「うまくできる」ことにおもしろさを感じてきて、もっと「うまくできる」んじゃないかと、苦労とか努力を、苦労や努力と思わなくなって、知らず知らずのうちに他人よりよく練習してたりして、「うまくできる」の質が高くなっていく。そんな感じで、技術だとか、構想だとか、方法だとか、表現だとかが磨かれていくのだと思うのです。

だから、じぶんに「向いてる」ことを、少ない選択肢のなかから、真剣に探しているよりも、多少でも「うまくできそう」って感じを、味わえたら、そっちのほうが「うまくできる」ようになるんだと思います。重要なのは、どれだけ打席に立てるか、つまり機会をどれだけ持てるかであるとは、あらゆる人がよく言ってくれることです。どんないい包丁だって、研がず切らずじゃ、包丁さばきが上達するわけもないですもんね。

で、もうひとつ重要なことがあったんでした。ただ打席に立つだけってのは、何万回やってもダメ。ま、力量のない者に、そんなに打席は与えられませんが。回数をこなすために、機会はあるわけじゃないんですね。指導者は、だいたい、こう言います。

「漫然とやってちゃダメだぞ」

そうだったそうだった、上達しないほとんどの場合が、無駄に回数ばかりを増やしているんです。疑問なり、いい感じなり、だめだこりゃなり、いいにつけ悪いにつけ「あれ?」という違和感が、その機会ごとにほしいんですよね。それを感じるまでの道のりも、たしかにあります。漫然としかできないくらい初歩の段階です。せめて、そこくらいは突破しないとね‥‥ですよね。そして、なんのために、なにをしているのか意識する。本日は、まことに、じぶんのために書きました。

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