妄想族のWakWakレポート

脳内で湧く『妄想』を好き勝手書き散らします。

ビジネスメールで女性社員口説いたメールが社内で回覧して大変なことになった人の話。

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昔、以前の会社の後輩の武勇伝?です。

 

 

 

ようやるなぁと笑。

 

 

 

確か社内の

 

 

 

可愛い事務員さんに

 

 

メシ行こうやら、

 

 

業後の予定は?とか

 

 

しょっちゅう業務に関係ない

 

 

メール送り続けていたみたいでして。

 

 

 

 

何かの弾みで

 

 

本人バカなので

 

 

経営陣宛先なのか

 

 

部署全体宛にそのメールを誤送信してしまい

 

 

社長も巻き込んで

 

 

大変になったという

 

 

話でした。

 

 

 

 

 

彼はポジティブに笑話にしていましたが

 

 

かなり修羅場ったハズです

 

(話を聞いた時は既に転職後。

退職はこれが直接の原因ではないそうでしたが)。

 

 

 

 

 

 

 

 

お気をつけください。

 

 

 

 

 

いや、まぁ、ね、やらないですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その果敢っぷりはある意味お手本ですけどね。

 

 

 

 

 

 

でも、弁えますわね、TPOをね。

高畑勲監督お別れ会。宮崎駿監督の言葉。

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ジブリ高畑勲監督が

 

 

先日他界され、お別れ会に読まれた

 

 

宮崎駿監督の追悼文です。

 

少し長いですがご覧ください。

 

https://www.huffingtonpost.jp/2018/05/14/isao-takahata-farewell_a_23434642/

 


以下全文です。
リンクが切れてしまうともう見れないので、申し訳ありませんが下記に記載します。


私たちは高畑監督のことをパクさんと呼んできました。パクさんというあだ名の言われはですね、まあ定かでない部分もあるんですが、大体もの凄く朝は苦手な男でして、東映動画に勤め始めた時もギリギリに駆け込むというのが毎日でございまして。買ってきたパンをタイムカードを押してからパクパクと食べて、水道の蛇口からそのまま水を飲んでいたと。それで、パクパク、パクになったという噂です。
追悼文という形ではありませんが、書いてきたものを読ませていただきます。
パクさんは95歳まで生きると思い込んでいた。
そのパクさんが亡くなってしまった。自分にもあんまり時間がないんだなあと思う。
9年前、私たちの主治医から電話が入った。「友達なら高畑監督のタバコをやめさせなさい」。真剣な怖い声だった。
主治医の迫力に恐れをなして、僕と鈴木さんはパクさんとテーブルを挟んで向かい合った。姿勢を正して話すなんて、初めてのことだった。
「パクさんタバコを止めてください」と僕。「仕事をするためにやめてください」。これは鈴木さん。
弁解やら反論が怒涛のように吹き出てくると思っていたのに、「ありがとうございます。やめます」。パクさんはキッパリ言って頭を下げた。そして本当に、パクさんはタバコをやめてしまった。
僕はわざとパクさんのそばへタバコを吸いに行った。「いい匂いだと思うよ。でも、ぜんぜん吸いたくならない」とパクさん。彼の方が役者が上だったのであった。やっぱり95歳まで生きる人だなあと、僕は本当に思いました。

1963年、パクさんが27歳、僕が22歳の時、僕らは初めて出会いました。初めて言葉を交わした日のことを今でもよく覚えています。黄昏時のバス停で、僕は練馬行きのバスを待っていた。雨上がりの水たまりの残る通りを、ひとりの青年が近づいてきた。
「瀬川拓男さんのところへ行くそうですね」
穏やかで賢そうな青年の顔が目の前にあった。それが高畑勲こと、パクさんに出会った瞬間だった。
55年前のことなのに、なんとはっきり覚えているのだろう。あの時のパクさんの顔を今もありありと思い出す。
瀬川拓男氏は人形劇団「太郎座」の主催者で、職場での講演を依頼する役目を僕は負わされていたのだった。
次にパクさんに出会ったのは東映動画労働組合の役員に推し出されてしまったときだった。パクさんは副委員長、僕は書記長にされてしまった。緊張で吐き気に苦しむような日々が始まった。
それでも組合事務所のプレハブ小屋に泊まり込んで、僕はパクさんと夢中に語りあかした。ありとあらゆることを。中でも作品について。僕らは仕事に満足していなかった。もっと遠くへ、もっと深く、誇りを持てる仕事をしたかった。何を作ればいいのか。どうやって。
すみません...。

パクさんの教養は圧倒的だった。僕は得難い人に出会えたのだと嬉しかった。その頃、僕は大塚康生さんの班にいる新人だった。大塚さんに出会えたのはパクさんと出会えたのと同じくらい幸運だった。アニメーションの動かす面白さを教えてくれたのは大塚さんだった。ある日大塚さんが見慣れない書類を僕に見せてくれた。こっそりです。
ちょっと、すみません...。
それは「大塚康生長編映画作画監督をするについては、演出は高畑勲でなくてはならない」という会社への申し入れ書だった。当時、東映動画では「監督」と呼ばず「演出」と呼んでいました。
パクさんと大塚さんが組む。光が差し込んできたような高揚感に湧き上がっていました。
そしてその日がきた。長編漫画第10作目(「太陽の王子 ホルスの冒険」)が大塚・高畑コンビに決定されたのだった。ある晩、大塚さんの家に呼ばれた。会社近くの借家の一室にパクさんも来ていた。
ちゃぶ台に大塚さんはきちんと座っていた。パクさんは組合事務所と同じように、すぐ畳に寝転んだ。なんと僕も寝転んでいた。
(大塚さんの)奥さんがお茶を運んでくれたとき、僕はあわてて起きたが、パクさんはそのまま「どうも」と会釈した。
女性のスタッフにパクさんの人気が今ひとつなのは、この無作法のせいだったが、本人によると、股関節がずれていてだるいのだそうだった。
大塚さんは語った。「こんな長編映画の機会はなかなか来ないだろう。困難は多いだろうし、制作期間が延びて、問題になることが予想されるが、覚悟して思い切ってやろう」。
それは「意思統一」というより、「反乱」の宣言みたいな秘密の談合だった。もとより僕に異存はなかった。
なにしろ僕は原画にもなっていない、新米と言えるアニメーターに過ぎなかったのだ。

大塚さんとパクさんは、事の重大さがもっとよくわかっていたのだと思う。勢い良く突入したが長編10作目の制作は難航した。スタッフは新しい方向に不器用だった。仕事は遅れに遅れ、会社全体を巻き込む事件になっていった。
パクさんの粘りは超人的だった。会社の偉い人に泣きつかれ、脅されながらも、大塚さんもよく踏ん張っていた。
僕は、夏のエアコンの止まった休日に出て、大きな紙を相手に背景原図を書いたりした。会社と組合との協定で休日出勤は許されていなくても、構っていられなかった。タイムカードを押さなければいい。僕はこの作品で仕事を覚えたんだ。
初号(試写)を見終えた時、僕は動けなかった。感動ではなく驚愕に叩きのめされていた。会社の圧力で、迷いの森のシーンは削られる削られないの騒ぎになっていたのを知っていた。パクさんは粘り強く会社側と交渉して、ついにカット数からカット毎との作画枚数まで約束し、必要制作日数まで約束せざるを得なくなっていた。
当然のごとく約束ははみ出し、その度にパクさんは始末書を書いた。一体パクさんは何枚の始末書を書いたのだろう。僕も手一杯の仕事を抱えて、パクさんの苦闘に寄り添う暇はなかった。大塚さんも、会社側の脅しや泣き落としに耐えて、目の前のカットの山を崩すのが精一杯だった。
初号で僕は初めて、迷いの森のヒロイン、ヒルダのシーンを見た。作画は大先輩の森康二さんだった。なんという圧倒的な表現だったろう。なんという強い絵。なんという...優しさだったろう...。これをパクさんは表現したかったのだと初めてわかった。
パクさんは仕事を成し遂げていた。森康二さんも、かつてない仕事を成し遂げていた。大塚さんと僕はそれを支えたのだった。

「太陽の王子」公開から30年以上たった西暦2000年に、パクさんの発案で「太陽の王子」関係者の集まりが行われた。
当時の会社の責任者、重役たち、会社と現場の板挟みに苦しんだ中間管理職の人々、制作進行、作画スタッフ、背景・トレース・彩色の女性たち、技術家、撮影、録音、編集の各スタッフがたくさん集まってくれた。もういまはないゼロックスの職場の懐かしい人々の顔もまじっていた。偉い人たちが「あの頃が一番おもしろかったなあ」と言ってくれた。「太陽の王子」の興行は振るわなかったが、もう誰もそんなことを気にしていなかった。
パクさん。僕らは精一杯、あの時を生きたんだ。膝を折らなかったパクさんの姿勢は、僕らのものだったんだ。
ありがとう、パクさん。55年前に...あの雨上がりのバス停で声をかけてくれたパクさんのことを忘れない。

 

 

 

戦友、なんですね。

 

 

高畑監督がいないと宮崎監督作品もまた

 

 

作られなかったのだと思います。

 

 

 

 

ご冥福をお祈りします。

 

 

読者に会いました。

 

こちらに

 


ほぼ毎日、妄想を綴る駄文エントリを

 


来月で丸5年、続けています。

 

 

 


誰にも見られていなかったのですが

 

 

レビュー数は今も少ないのですが

 

 

定期的に訪れて下さる人がいます。

 

 

 


ほんとうに感謝です。

 


ありがとうございます。

 

 

 

 

そして時たま

 

 

「ブログ見てます」とか言って下さる人がいまして

 

 

まぁ嬉しいのです。

 

 

 

 

 

そして今日もそんなことがありました。

 


半年以上前に知り合った

 

 

名古屋のゴールデンハンバーグ

というお店のマスターがいまして。

 


ゴールデンハンバーグ
https://retty.me/area/PRE23/ARE61/SUB6101/100001207999/

 

 


私はB級グルメハンターを自称して

 

 

食べ歩きが趣味なのですが、

 

 

そこのハンバーグがとても美味しく

 

 

マスターと話、仲良くなりました。

 

 

※ゴールデンハンバーグさんの紹介は近日中に。

グルメネタもストックが溜まる一方です。。

 

 

 


その際にこんなブログやっています

 

 

と紹介させてもらいました。

 

 


住まいは東京なので

 

 

なかなか名古屋に行く機会がなく

 

 

久々に訪れたところ

 

 

私のことを覚えていてくださった

 

 

だけでなく、

 

 


なんと、駄文を毎日、しかも昔のものまで!

 

 

ご覧いただけているとのこと。

 

 

感謝感激したのでした。

 

 

 

天野さん、

今日は美味しい料理とステキな時間を

ありがとうございます。

 

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マスターの天野さんと、看板娘モモちゃん。

掲載快諾ありがとうございます。

 

ハンバーグはこちら。

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美味しいのです。近々アレします。

 

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天野さんお気に入りのエントリはこちら。

百戦錬磨のキャバ嬢はお金にしか落ちない。

http://wakwak.hatenablog.com/entry/2017/08/29/190412

 

 

また食べに行きますね。

 

感謝。

一時的に指紋を無くすアイディア 。

ミステリーのネタ的に

 

 

一時的に指紋を無くす

 

 

アイディアを思い付きました。

 

 

 


それは

 

 

 

 

指に

 

 

アロンアルファをつける。

 

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そうするとこんな風に

 

 

 

カピカピになって

 

 

 

指紋認証されなくなります。

 

 

 

 

 

 

いえね、先日

 

 

 

アロンアルファべっとり

 

 

 

手に付けてしまい

 

 

 

スマホ指紋認証パス出来なくなりまして。

 

 

 

 

それでコナン的に

 

 

 

これはミステリーのネタとして

 

 

 

と思い付いたのでした。

 

 

 

 

使え、、、ないかなぁ。

 

 

 

時代はプレミアムです。

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やおきんさん、素晴らしいですね。

 


うまい棒についに

 


プレミアムが出ました。

 

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ご覧ください。中の穴がありません。

 

 

容量も9gと通常版の6gに対し1.5倍となっています。

 

 

お味の方は、大変良いです。

 

 

濃く、大人の味です。

 

 

 

値段は20円と

 



倍しますが納得の出来です。

 

 

 

流石プレミアムといったところ。

 

 

ありがとうございます。

 

 

ぜひ。

明日は我が身では。

電車の広告で見つけました。

アメリカンポーク
https://cp2.americanmeat.jp/csm/present/180403/

 

 

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こんなにご機嫌に

 

 

同種(家族?)の肉塊を

 

 

差し出してますが、

 

 

 


明日は我が身では。

 

 

 

 

 

 


※他意はありません。寛大な心でご覧ください。

 

少し推察(妄想)すると

 

 

このブタ、これだけご機嫌(バカ)ということは

 

 

トレーに乗ってるブタの屠殺現場を目撃しておらず

 

 

自分たちではない(牛か鶏)と、

 

 

勘違いしている可能性があります。

 

 

 

 

とすると

 

 

トレーの肉塊を提供したあと

 

 

家族(仲間)が消えていることにも

 

 

牧場主に「遠くの牧場に出かけていて、まだ帰ってこないんだよ」

 

 

という言葉を鵜呑みにして

 

 

「みんな水臭いポ。

 


ボクも一緒に行きたかったポ」

 

 

くらいにしか思っていないんでしょう。

 

 


自分自身が「遠くの牧場に出かける」日は

 

 

「!!毎日ボクが運んでいた肉は

 


仲間の肉だったポ!!

 


ポーーー!!」

 

 

 

 

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いい笑顔ですね。

 

 

いまはそっとしておきましょう。

 


※他意はありません。寛大な心でご覧ください。

 

お金の使い先、落とし先。

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先日友人と話していた時にもらった言葉です。

 

 

 

安いから。

 

 

高いから。

 

 

 

ではなくて

 

 

 

このお店から買いたい。

 

 

 

この商店街で買いたい。

 

 

 

このカフェで食べたい。

 

 

 

この生産者から買いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『応援したい。』

 

 

 

 

 

 

使う先の未来に投資

 

 

 

的な出し方。

 

 

 

そういった

 

 

 

考えでのお金の使い方。

 

 

 

安易に100円ショップで

(これだけ売れているのでニーズはありますし、利用もしますが)

 

 

すます、

 

 

 

安ければ

 

 

どこでも誰が作っていても

 

 

口にいれるものでもなんでもよい

 

 

という目線とは違う

 

 

お金の使い方。

 

 

 

 

もちろん生活は苦しかったりするので

 

 

余裕は無いのかもですが

 

 

この価値観、

 

 

いまの日本人の我々、もちろん私も、

 

 

取り入れたいな、と思いました。